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3-1
いつの間にか目を覚ました当初に感じていた不安や恐怖は完全に取り払われ、記憶を無くしたことを知ったときの体の震えはまるで夢を見ていたかのように姿をくらましていた。
涼宮は言った。ひっぱたいてでも記憶を取り戻してみせる、と。
俺はその言葉に多大な安心感を抱いていた。こいつなら本当に何とかしてくれそうだと。その団長の言葉を無条件に信頼している自分に驚く。古泉の平坦としたスマイルにも安心を感じる。
長門に連れて行かれたのは病院の屋上だった。
少し肌寒さを感じる夜風が心地いい。真っ暗な空を見渡せる光景も格別だ。
高めに設置されているフェンスに寄りかかって長門と並ぶ。長門はじっと俺を見て、しかし口は開かなかった。
聞いていた通り無口なやつだと思った。でも俺には心地の良い静寂に感じる。長門といると、なんでだろう、涼宮たちとは別のベクトルでの安心感が与えられる。無条件で信用してしまうこいつの存在は俺の覚えていない俺が体に染み込ませた何かだろう。
「わたしの責任」
長門が唐突に言った。
「ごめんなさい」
そして意表をつかれた。
「なぜ謝る」
「あなたが記憶をなくしたのは、交通事故にあったから。あなたは私が運転する自転車の後部に乗っていて、わたしの運転ミスで車にはねられた」
驚愕の事実だ。
「外傷はその場で完全に修復した。衝撃で消された記憶を復元しようとしたら涼宮ハルヒが現れた。そのため記憶の復元ができなかった」
記憶がない中での俺の常識では傷をその場で治したり記憶を復元したりするのは不可能なはずなんだがな。
「過去の記憶を上書きする。許可を」
真摯な瞳でまっすぐに捕らえられて思わず頷きそうになってしまった。
「上書き?するとどうなるんだ?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「そう。上書きをするとあなたの記憶は事故を起こした当初にまで戻る。今日一日はなかったことにされてしまうが、元通り」
インチキくさいな。と思ってしまった。記憶はもちろん取り戻したい。けれど何故かそれをしてはいけない気がする。というよりこいつにそれをさせてはいけない気がする。長門を信頼して、直感を信じて、さらに過去の俺を信用してみよう。
「過去の俺だったら許可していると思うか?」
長門は驚いたように目をミクロン単位で見開き、そのあと少し考えて言った。
「わからない。けど、許可しない確立のほうが高いと思われる」
なら許可は出せないな。どうしようもなくなったら頼もう。そのときはよろしく頼む。今は涼宮が何とかしてくれるだろうよ。あいつの言葉には何故か信頼できる気がするんだ。
少し肌寒くなってきた。精神的には今日始めて会った長門の頭をクシャクシャっと乱雑に撫で回し、
「気にするな。お前を含めてSOS団の全員と会ったが何とかしてくれそうな気がしたし、何とかなりそうな気がするんだ」
子供をあやすように言ってやった。
「それに、みんなが俺のためにしてくれたことは忘れたくない。この記憶はできるなら過去の俺にプレゼントしてやりたい」
柄にもないようなことを言ってみた。きっと過去の俺なら決して言わないセリフだろう。
長門は少しだけ顔を俯けた。
「ごめんなさい」
謝られるようなことはされていないさ。事故はしょうがないから事故なんだ。誰が悪いって訳じゃあない。それよりも少し寒くなってきたな。
俺は長門の肩に手をかけ、病棟へと歩を進めた。
「ありがとう」
そうだな。謝られるよりは感謝されたほうが気持ちいい。