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うだるような暑さの日々が続く夏休み、今年は去年のように繰り返す夏休みなんてものが起こっていないことは長門の口から聞いていたので油断していたとしか言いようがない。毎日のように日々を不思議探索という灼熱の罰ゲームによってある意味怠惰に、ある意味勤勉に過ごしている俺にとってハルヒから言い渡された1日の休業は砂漠で水を1リットルほど貰ったようなうれしさを伴った。
翌日に臨時休業を言い渡されても誰かを誘うには時間が急すぎたので、俺はベッドの上で一人、一日中クーラーのガンガンに効いた自室でダラダラと過ごす堕落した決意をした。
決意をするとあとはあっという間に眠りに着く。目覚ましをセットしないで眠りにつける幸せは何物にも変えがたいね。
ひんやりとした冷えた空気が頬を撫でる。ほんの少しだけ脳が覚醒してきた。俺は寝ていたはずだが。
「起きて」
「っ!……長門か」
目を開くと紛れもない長門そのものが俺の眼前にドアップで写っていた。いつもどおりの制服姿立っている。心なしかいつもよりか焦っているような表情だ。
「何で長門がここに?」
言ってすぐ、息を呑んだ。俺の目線には長門がいて、俺を見つめている。長門の視線には俺がいる。ただし、俺ではなく、ベッドで未だに寝ているもう一人の俺だ。毎朝鏡越しに見ている自分の顔が寝顔となってそこに寝転んでいた。
はっとなって窓の外を見ると、夢オチを確定させるような灰色の空間が一面に広がっていた。
前回の閉鎖空間とは違って、この空間にいるのは俺と、寝たきりの俺と、助けにきてくれたであろう長門だけだ。
「起きて」
長門は寝ている俺を起こそうとしている。どうやら起きているほうの俺の姿は見えないらしい。
「長門、聞こえるか?」
俺の声は長門には届かないで、長門は寝ている俺を必死に起こそうとしている。さて、俺はどうすりゃいいのかね。
「どうにもならない」
「長門っ」
ドアから二人目の長門が入ってきた。どうなってやがる。なぜ今この部屋に二人の長門と二人の俺がいるんだ。
「ハルヒがまたストレスを溜め込んで爆発させたのか?」
「違う。この空間を作成したのは、わたし」
長門が!?
「ここは正確には閉鎖空間ではない。わたしには無から有を作り出す能力はない。だからわたしはすでにある世界を借りて改変した」
つまり、ここにいる俺と長門はいつだったかの消失世界に残されたもう一人の俺たちってことか。
「そう。一時的に借りただけなので干渉はできない」
それで、どうして閉鎖空間なんか作ったんだ?
「……」
理由は言いたくないなら言わなくていい。どうすれば戻れる?
「……」
そうか。
さて状況を整理してみよう。
ここは閉鎖空間に酷似したいつかの消失世界。ここにいるのは現実世界の俺と長門、それに消失世界の俺と長門だ。
脱出方法を聞いたときの長門の表情から、脱出自体はそう難しくは無さそうだが、何か申し訳無さそうというかそんな遠慮にも似た雰囲気を感じ取ることができた。
「それで、この俺たちはどうなるんだ?」
「どうにもならない。わたしたちが帰還すればまた元通りの生活に戻るだけ」
そうかい、安心したよ。もし俺たちが現実世界に帰ったときにこの世界が崩壊するとかだったら俺はこのままこの世界にとどまり続けてしまうかもしれない。
必死に俺を起こしている長門に目をやる。長門は今にも泣きそうな顔で俺を見つめている。
「寝ている俺は起きないのか?」
「不確定事項。……ただ、起きない確立のほうが高い」
寝ている俺の手をそっと握って祈るような表情をしている。長門は不意に俺にキスをした。
「あなたから聞いた話。キスをすれば現実世界に帰ってこれるって。だから……」
見ちゃいられない。この長門の表情も自分がキスされているという事も。泣きたくなるような切ない気持ちと恥ずかしさが混沌と押し寄せてくる。
「だから、帰ってきて」
きっとこの俺は起きないだろう。起きるときは俺たちが現実世界に帰るとき。そんな気がした。
「長門」
俺は長門に目をやって、
「もしかしたら」
言いよどんでしまった。言いにくい。聞きにくい。でも、聞かないわけにはいかないだろう。
「sleeping beautyってことか?」
長門はナノ単位でビクッとして言った。
「間違いではない」
そうかい。お前もいろいろと鬱憤が溜まってたんだろうな。
なんとなく最初に灰色の空を見つけたときから覚悟はしていたさ。それに俺も初めてじゃあない。かっこ悪い決め台詞を言わなくていいシチュエーションだ。
今までの俺だったら『長門なら口と口が当たっただけ』くらいの反応を予想しただろう。だがこんな回り道をする純情乙女みたいな長門を目の前にして、俺は思った。もしかしたら、長門は俺のことがって。うぬぼれかも知れないし、そうじゃないかもしれない。なら俺は?
俺は長門の事をどう思っているのだろう。同じ部活の仲間、隣のクラスにいる文学少女、宇宙人。どれも長門のことだがそれは俺にとってのことじゃあなく、単なる長門の肩書きだ。俺にとっての長門は…
ハルヒは夢の中ということではあったが唇を重ねた。けれど一年たっても何も変わっちゃいない。朝比奈さんは最初会ったときからその可愛らしさからアイドルを見るような憧れをもった。では長門は。長門は何かあるといつだって俺の力になってくれた。無条件で信頼してくれた。もちろん俺も長門のことは親族以上に信頼できる人間だと思っている。
だけどそれは果たして恋愛感情なのか?そんなことわかるわけがなかった。でもこの場面で、この表情の長門を見ていると恋愛感情だのどうでもよくなってくる。言葉にはできないけど、きっとこれが本当に人を好きになったということなんだろう。
「ならさっさと帰ろう」
照れ隠しになるべくぶっきらぼうに言う。細くてか弱い肩に手を置いて、
「やっぱりメガネはないほうが可愛いと思うぞ」
漆黒の瞳は瞼が閉じることによって俺の視界から消え、それを確認してから俺も目を瞑った。長門がこういった作法を知っていたことにも驚きだが、唇を重ねたときに俺の背中に手を回してしっかりとつかまっている長門にも驚いた。
肩に置いてあった手を長門の腰に回し、普段の怪力や超常現象を引き起こす宇宙人な長門からは想像できない細さに心臓の音は高鳴る一方だった。長門には照れてるのなんて丸わかりなんだろうな。
時間や次元を横断するときの特有の感覚が襲ってきて、一瞬無重力になったかと思ったら横向きに反転し、右半身に強烈な衝撃を受けた。
おそるおそる目を開くとそこは、やっぱり俺の部屋だった。
「バレバレだろうが、こっちの世界でもう一度長門に言ってやらないとな」
半身を起こして呟くと、
「待っている」
ベッドの上で長門が正座していた。俺は人差し指で頬をかいて言ってやった。
「また今度、な」
長門の表情の中にふてくされたような雰囲気を感じた。それは嫌な感じではなくて、心地の良いもので、無表情の中の表情を垣間見た気がした。
久しぶりに憂鬱を読み返して、長門バージョンの閉鎖空間脱出を書いてみようというコンセプトで書いたら無理やり感が前面にでてしまいました。
入院してるときに憂鬱から読み返して、復帰第一作なのでご容赦ください。
ホームページに載せるほどでもない短編ってことと、.thmlに書く.cssファイルのリンクとか忘れちゃったのといろいろ混ざってこっちにSSを載せました。
次回も短編だったらこっちに載せます。リハビリにもう2~3作書いてから未完モノを完結させます!