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「しまったっ」
失態に気付いてから、昼休みの残りが5分ほどしかない時計を見上げた。まだ間に合う。
俺は深呼吸をしてから教室をでる。そしてその足で長門の所属する教室の前にたち、入り口付近で談笑していた女子に話しかける。
「すまんが、長門をよんでくれないか?」
女子生徒は一瞬キョトンとした表情をしたが、快く了解してくれたようで教室の奥へ入っていった。
中を覗くと長門が読書している姿が目に入った。もしかしたら部室かな、と思ったのだが、教室にいてくれて助かった。
教室内には住人の半分ほどの生徒が雑談をしており、クラスは違えど同じ教室だ、うちのクラスと大差ないことを感じた。
まあハルヒがいるいないではだいぶ違うだろうが。
と、長門を呼びに行った女生徒がこっちを向いて手招きしている。入れって事なのか?
なんとなく一瞬躊躇われたが、気にしないことにする。自分のクラスじゃないとなんとなく入りにくい雰囲気があるからな。
教室に入り、さっそく長門の元へ向かう。と、長門を読んでくれた女生徒が意味深な笑みを浮かべていたのには気付かないふりをして、御礼の言葉を述べておくことにした。
いつも部室で見るような姿勢で読書をしていた長門が本にしおりを挟んで机に置いたのを合図に俺は切り出した。
「長門、悪いんだが数学の教科書を貸してくれないか?」
長門はミクロン単位で頷くと、カバンから教科書を取り出した。どうやらもってたようだ、助かった。
「すまん、恩に着る。次の教師は教科書忘れるといろいろひどいからな。宿題だされたり補習させられたり」
「いい」
昼休みの終わりまではまだ少し時間があるので何気なくパラパラと教科書を覗くと、数学特有の練習問題のページには全て答えが書いてあった。
「何で答えが書いてあるんだ?」
長門は何も言わなかった。ただじっと俺を見ている。
「まあいいや、ありがとうよ」
長門の頭を軽く撫でてやって、ふと気付く。
教室内の喧騒がさっきまでの雑談の何重奏ではなく、驚きのざわめきと言った感じになっている。心なしか注目を浴びているようだ。
「それは、気のせい」
「気のせいか。そろそろ授業も始まるし俺は行くとするよ」
「そう」
そして俺が長門に背を向けると、教室にいる全員と言っていい視線が一斉に散った、気がした。
一瞬の静寂のあと、再びクラスの雰囲気が元に戻る。
クイッ
ふとシャツの裾を引っ張る感触に振り返り、引っ張った張本人である長門に尋ねた。
「どうした?」
上目遣いで少し恥ずかしそうに見てくる姿に少しうろたえた。
「お礼がほしい」
「お礼か。何かをしてあげることにはやぶさかではないが…」
何をしたらいいのかは見当が付かない。そもそも教科書を借りる程度でお礼を求められるとは思ってもみなかったが、長門がより人間に近づいた気がして俺はほんのりと幸福感に満たされた。
「そうだな、いつも世話になってるし何かお礼をしてやらないとな。何がいい?」
長門は少し困った表情で、しかし決して俺から視線を外さない。
「あなたが、してくれることなら」
教室内が反応した。
もしかして、長門ってクラスメイトと会話をしたことがないのか?
「ある」
なら、この喧騒は何だ?まるでお前の声を始めて聞いたかのような盛り上がりだぞ?
「・・・・・・」
長門はそれ以上何も言わなかった。
「じゃあ俺は行く。お礼は、そうだな、放課後帰らないで待っててくれ」
そう言い残して、長門の反応を待たずに俺は教室を出る。
さて放課後どうしてやろう。