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うだるような暑さの日々が続く夏休み、今年は去年のように繰り返す夏休みなんてものが起こっていないことは長門の口から聞いていたので油断していたとしか言いようがない。毎日のように日々を不思議探索という灼熱の罰ゲームによってある意味怠惰に、ある意味勤勉に過ごしている俺にとってハルヒから言い渡された1日の休業は砂漠で水を1リットルほど貰ったようなうれしさを伴った。
翌日に臨時休業を言い渡されても誰かを誘うには時間が急すぎたので、俺はベッドの上で一人、一日中クーラーのガンガンに効いた自室でダラダラと過ごす堕落した決意をした。
決意をするとあとはあっという間に眠りに着く。目覚ましをセットしないで眠りにつける幸せは何物にも変えがたいね。
ひんやりとした冷えた空気が頬を撫でる。ほんの少しだけ脳が覚醒してきた。俺は寝ていたはずだが。
「起きて」
「っ!……長門か」
目を開くと紛れもない長門そのものが俺の眼前にドアップで写っていた。いつもどおりの制服姿立っている。心なしかいつもよりか焦っているような表情だ。
「何で長門がここに?」
言ってすぐ、息を呑んだ。俺の目線には長門がいて、俺を見つめている。長門の視線には俺がいる。ただし、俺ではなく、ベッドで未だに寝ているもう一人の俺だ。毎朝鏡越しに見ている自分の顔が寝顔となってそこに寝転んでいた。
はっとなって窓の外を見ると、夢オチを確定させるような灰色の空間が一面に広がっていた。
前回の閉鎖空間とは違って、この空間にいるのは俺と、寝たきりの俺と、助けにきてくれたであろう長門だけだ。
「起きて」
長門は寝ている俺を起こそうとしている。どうやら起きているほうの俺の姿は見えないらしい。
「長門、聞こえるか?」
俺の声は長門には届かないで、長門は寝ている俺を必死に起こそうとしている。さて、俺はどうすりゃいいのかね。
「どうにもならない」
「長門っ」
ドアから二人目の長門が入ってきた。どうなってやがる。なぜ今この部屋に二人の長門と二人の俺がいるんだ。
「ハルヒがまたストレスを溜め込んで爆発させたのか?」
「違う。この空間を作成したのは、わたし」
長門が!?
「ここは正確には閉鎖空間ではない。わたしには無から有を作り出す能力はない。だからわたしはすでにある世界を借りて改変した」
つまり、ここにいる俺と長門はいつだったかの消失世界に残されたもう一人の俺たちってことか。
「そう。一時的に借りただけなので干渉はできない」
それで、どうして閉鎖空間なんか作ったんだ?
「……」
理由は言いたくないなら言わなくていい。どうすれば戻れる?
「……」
そうか。
さて状況を整理してみよう。
ここは閉鎖空間に酷似したいつかの消失世界。ここにいるのは現実世界の俺と長門、それに消失世界の俺と長門だ。
脱出方法を聞いたときの長門の表情から、脱出自体はそう難しくは無さそうだが、何か申し訳無さそうというかそんな遠慮にも似た雰囲気を感じ取ることができた。
「それで、この俺たちはどうなるんだ?」
「どうにもならない。わたしたちが帰還すればまた元通りの生活に戻るだけ」
そうかい、安心したよ。もし俺たちが現実世界に帰ったときにこの世界が崩壊するとかだったら俺はこのままこの世界にとどまり続けてしまうかもしれない。
必死に俺を起こしている長門に目をやる。長門は今にも泣きそうな顔で俺を見つめている。
「寝ている俺は起きないのか?」
「不確定事項。……ただ、起きない確立のほうが高い」
寝ている俺の手をそっと握って祈るような表情をしている。長門は不意に俺にキスをした。
「あなたから聞いた話。キスをすれば現実世界に帰ってこれるって。だから……」
見ちゃいられない。この長門の表情も自分がキスされているという事も。泣きたくなるような切ない気持ちと恥ずかしさが混沌と押し寄せてくる。
「だから、帰ってきて」
きっとこの俺は起きないだろう。起きるときは俺たちが現実世界に帰るとき。そんな気がした。
「長門」
俺は長門に目をやって、
「もしかしたら」
言いよどんでしまった。言いにくい。聞きにくい。でも、聞かないわけにはいかないだろう。
「sleeping beautyってことか?」
長門はナノ単位でビクッとして言った。
「間違いではない」
そうかい。お前もいろいろと鬱憤が溜まってたんだろうな。
なんとなく最初に灰色の空を見つけたときから覚悟はしていたさ。それに俺も初めてじゃあない。かっこ悪い決め台詞を言わなくていいシチュエーションだ。
今までの俺だったら『長門なら口と口が当たっただけ』くらいの反応を予想しただろう。だがこんな回り道をする純情乙女みたいな長門を目の前にして、俺は思った。もしかしたら、長門は俺のことがって。うぬぼれかも知れないし、そうじゃないかもしれない。なら俺は?
俺は長門の事をどう思っているのだろう。同じ部活の仲間、隣のクラスにいる文学少女、宇宙人。どれも長門のことだがそれは俺にとってのことじゃあなく、単なる長門の肩書きだ。俺にとっての長門は…
ハルヒは夢の中ということではあったが唇を重ねた。けれど一年たっても何も変わっちゃいない。朝比奈さんは最初会ったときからその可愛らしさからアイドルを見るような憧れをもった。では長門は。長門は何かあるといつだって俺の力になってくれた。無条件で信頼してくれた。もちろん俺も長門のことは親族以上に信頼できる人間だと思っている。
だけどそれは果たして恋愛感情なのか?そんなことわかるわけがなかった。でもこの場面で、この表情の長門を見ていると恋愛感情だのどうでもよくなってくる。言葉にはできないけど、きっとこれが本当に人を好きになったということなんだろう。
「ならさっさと帰ろう」
照れ隠しになるべくぶっきらぼうに言う。細くてか弱い肩に手を置いて、
「やっぱりメガネはないほうが可愛いと思うぞ」
漆黒の瞳は瞼が閉じることによって俺の視界から消え、それを確認してから俺も目を瞑った。長門がこういった作法を知っていたことにも驚きだが、唇を重ねたときに俺の背中に手を回してしっかりとつかまっている長門にも驚いた。
肩に置いてあった手を長門の腰に回し、普段の怪力や超常現象を引き起こす宇宙人な長門からは想像できない細さに心臓の音は高鳴る一方だった。長門には照れてるのなんて丸わかりなんだろうな。
時間や次元を横断するときの特有の感覚が襲ってきて、一瞬無重力になったかと思ったら横向きに反転し、右半身に強烈な衝撃を受けた。
おそるおそる目を開くとそこは、やっぱり俺の部屋だった。
「バレバレだろうが、こっちの世界でもう一度長門に言ってやらないとな」
半身を起こして呟くと、
「待っている」
ベッドの上で長門が正座していた。俺は人差し指で頬をかいて言ってやった。
「また今度、な」
長門の表情の中にふてくされたような雰囲気を感じた。それは嫌な感じではなくて、心地の良いもので、無表情の中の表情を垣間見た気がした。
久しぶりに憂鬱を読み返して、長門バージョンの閉鎖空間脱出を書いてみようというコンセプトで書いたら無理やり感が前面にでてしまいました。
入院してるときに憂鬱から読み返して、復帰第一作なのでご容赦ください。
ホームページに載せるほどでもない短編ってことと、.thmlに書く.cssファイルのリンクとか忘れちゃったのといろいろ混ざってこっちにSSを載せました。
次回も短編だったらこっちに載せます。リハビリにもう2~3作書いてから未完モノを完結させます!
ちょっと精神が錯乱していたのでよくわからないSSとなっています。
「なんだこれは」
授業が終わり、いつも通り文芸部室に向かうと、文芸部室の扉にはプリントが張ってあった。
『SOS団員には様々な能力が求められる。そのうちの一つが順応力』
なんの冗談か。ここ一年間で俺は普通の人には理解できない環境でいろんな危機に陥っても平然としていられる順応力を持っている自負はある。
『あなたの役割は被害者の親友である。このプリントを一枚だけ剥がしてノックはしないで入ってくること』
書かれている通りにプリントを一枚だけ剥がして入室する。剥がしたプリントの下には似たような文章が貼ってあったが、読まずに入ることにした。
部室に入るとハルヒが団長席で腕を組んで、大胆不敵に微笑んでいた。
部室の丁度真ん中に長門が倒れている。古泉が長門を見下す形で手を顎に添えて思案するポーズを取っている。朝比奈さんはまだ来ていないようだ。
「長門っ」
俺は大げさに長門の名前を読んで近寄る。ぐったりとした長門を抱えて起こす。
「長門!大丈夫か」
「残念ですが…」
古泉が諭すように言ってくる。そういえばコイツは文化祭でも演劇をしてたな。
「これは明らかな殺人です。ですが、完全な密室であったこの文芸部室でいったい誰が」
長門を抱えたまま、古泉に目をやる。古泉は警察とか探偵とか、そんな役割だろう。奥にいるハルヒは紙にペンを走らせているらしく、どうやら登場人物には含まれないただの試験官のようだ。ということは、犯人は朝比奈さん?
「古泉、死因はなんだ?」
この部屋に入ってから完全なアドリブでのみ物語が進んでいたためか、意表をつかれた表情で思案して、
「毒殺です」
と言った。どうやら古泉の中でも犯人が朝比奈さんのシナリオができたのだろう。
「いったい誰が長門を」
俺は長門をギュッと抱きしめた。一瞬長門がピクっと動いたが、気付かないふりをしておく。
カタンっ
ドアの方で音がした。見てみると、開いたドアからわざとらしい驚愕の表情を浮かべた朝比奈さんが「えっ?えっ?」とパニックを起こしている。
「朝比奈さん、無事でしたか」
俺の口からでたセリフは何故かそんなモノだった。
「えっと、あたしは大丈夫。それより長門さんは?」
「長門さんは何者かに毒殺されたようです」
「状況を整理してみましょう。僕がこの部室に到着したときには長門さんはこの場所で倒れていました。鍵はかかっていて、完全な密室と言っていいでしょう。そして長門さんの死を確認した僕が犯人を思案していると彼が入ってきたのです」
「古泉が第一発見者ってことか。で、古泉と俺が状況を説明しあっているときに来たのが朝比奈さんってことか」
「そのようですね」
ふむ。この演劇は犯人を見つければ終わるのか?毒殺ということならいつも長門が読書に勤しんでいる場所に明らかに怪しく置いてあるティーカップを証拠に朝比奈さんが犯人になるんだろうが。
「朝比奈さん、あなたは今まで何をしていたのですか?」
古泉に先に言われてしまった。
「まて。お前こそ何をしていた?朝比奈さんはここにはいなかったんだ。ここから逃げる時間があるならあの明らかに怪しいティーカップくらいは片付けていくだろう」
「僕はさっき言った通りですよ。活動にきたら、長門さんは倒れていたと」
「朝比奈さんがメイド服に着替えないでお茶を入れるなんてありえない。消去法で犯人はお前になるんだがな」
古泉は苦笑いをして両の手を広げた。朝比奈さんは訳がわからない、といった表情をしている。
「それに、一高校生のお前が何故毒殺だと断定した」
「すみません、お手上げです。いろいろ反論はできるのですが、これ以上反論したら劇中の設定に矛盾が生じてしまいそうです」
「はい、オッケーよ」
ハルヒが立ち上がり、俺たちの演劇は終了した。
「なかなかやるわね。とてもアドリブだとは思えなかったわ。でもね、みくるちゃん。あなた全然しゃべってないでしょう。あたしがこれから演技指導してあげるわ」
怪しい手の動きを携えて朝比奈さんに襲い掛かった。朝比奈さんは色っぽい声をどこからか出しながらささやかな抵抗をしている。ここから先は目に毒だから見ないほうがいいだろう。
「あなたも中々演技はですね」
バカを言え。こんな安っぽいドラマみたいな展開あるか。俺の演技にはリアリティが皆無なんだよ。
「謙遜しなくても結構ですよ。あなたの演技は良かった。だから涼宮さんは満足した。それでいいじゃないですか」
お前らがいいんならそれでいいんだろうよ。それよりも、
「それよりも、なんです?」
「長門、そろそろ起きあがってくれ。手が痺れてきた」
抱えたままの長門を揺すって起床を促す。腕の置くからくぐもった声が聞こえてきた。
「もう少し」
読書家の誰かに影響されたのか、寝る前の読書が習慣になっているため自宅の本棚を漁っていると、妙に懐かしい本がでてきやがった。
横文字で何て書いてあるのかさっぱりわからなくて結局最初の1ページすら読まないで本棚に陳列された謎の本。久しぶりに見たな。
今日の睡魔はいつもよりも早く、まだ他家では食卓にディナーが並んでいるような時間帯であり、本棚を漁っていてその本を見つけたときには妙に懐かしくなり、目が冴えてしまった。
無論俺は自分で解読できないような本を購入するわけはなく、必然的に借り物であることがすぐさま判明したのだが、持ち主はといえば中学時代にしきりに読書を進めてきたアイツしかいない。
そいつが中学を卒業するときに貸してくれた本だ。
なんとなく借りたままであることに罪悪感を感じ、すぐさま返却という言葉が脳裏に浮かぶまでにはまったくと言っていいほど時間がかからなかった。
善は急げ、と携帯を手に取り、電話をかける。通信相手である佐々木が電話にでたのはちょうど3コール鳴ったあたりだった。
「どうしたんだい、キョン」
電話にでて第一声がそれか。
「まあね。いつからかキミは用がないと連絡をくれなくなってしまったからね」
佐々木は自嘲気味にくつくつと音を立てて笑う。
何を言っても論破されてしまうのは目に見えているため、俺はさっそく用件を伝えることにした。
「今何してるんだ?忙しいならいいんだが」
「忙しいといえば忙しい部類に入るが、かといってヒマかと問われればヒマではある。キョン、キミからのお誘いは減少傾向にある。僕は多少のムリをしてでも時間をつくろう」
忙しいならムリにとは言わないんだけどな。
「それで、もちろん僕の家まで迎えにきてくれるんだろう?時間も時間だ、急いできてくれたまえ」
半ば強引に確定宣言を出され、しばしの雑談後に電話はきれた。
普段は電話しても俺が電話を切るまで絶対に電話を切らない佐々木が今日に限っては勇ましいまでの速さで通信を遮断した。
俺は携帯をポケットに突っ込んで本を持つとすぐに佐々木家へ向かった。
佐々木の家は俺の家から程よい遠さで、また、普段は使わない道をふんだんに使用しているためなかなか懐かしい気持ちにさせてくれた。
佐々木の家に着く直前に佐々木に連絡を入れた。
入れた直後に佐々木の家に到着して、それと同時に佐々木が玄関から姿を現した。
「早かったね」
ドアを閉め、カギをかける佐々木を見て俺は驚愕した。目ん玉が飛び出るのではというくらいには驚愕していたと思う。
「おや、珍しい表情をしているね」
佐々木は笑ってはいけない罰ゲーム中に笑ってしまったような歪んだ笑みを見せる。
だが俺は佐々木の表情ばかりを見ているわけにはいかなかった。なんせ、淡い色の浴衣をこれでもかというくらいに見事に着こなして現れたのだから。
俺はしばしの絶句を経てからようやく口を開くことに成功した。
「……。佐々木、似合ってるぞ」
浴衣姿の佐々木に心を奪われた俺ではそれ以上のボキャブラリーは浮かばなかった。
佐々木は驚き、戸惑い、そしれ照れたような表情をたっぷりと時間を使って表現したあとでいつもの表情にもどり、
「ありがとう」
とだけ言った。
「ところで、何で浴衣なんだ?」
俺の至極まったくな問いに佐々木は睨むように俺の目を見据えて、口をハルヒのように尖らせた。
「キミはあの空に浮かぶキレイな花束に目が行くことはないのかい?」
言われてようやく気が付いた。
漆黒の夜空に浮かぶ大きな花束がいくつも咲いては消えと繰り返している。
「花火か。それならそうと言ってくれればよかったのに」
「くっくっ。キョンらしいね。しかしその気がなかったとしてもせっかく浴衣を着用したんだ。もちろんキミも付いてきてくれるだろう?」
もちろんだ。思わず見とれてしまうほど様になってる浴衣姿のお前を前にその誘いを無下に断ることなんて誰にできようぞ。
「そんなに似合っているのかい。ではこれからはキミと会うときは常に浴衣でいることにしよう」
それもありかな。しかし平日の昼間から浴衣でいるのは多少浮く気がしなくもない。
でもこの佐々木は毎日見てても飽きないだろうなどと考えを巡らせていると、
「冗談だよ。ではさっそく出発しよう」
と俺の自転車に付属している荷台に腰掛けた。
「そういえば、佐々木の家に着いたとき、無意識にチャイムを押そうとしてしまったよ。中学のときは携帯なんてなかったからな。習慣ってのは中々消え去ってくれないものだ」
そう俺が後ろに話しかけると佐々木は俺の服を掴み、頭を俺の背中に押し付けた。
「1年経っても消えないほど繰り返してきたからね。僕もそうさ。キョンの後部座席に乗るコツは未だに体が覚えている」
そうか、1年以上も佐々木とは会ってなかったんだもんな。
言葉にはならなくとも、今俺が考えていることと佐々木が考えていることはきっと一緒だろう。
そんな空気の中、段々と人ごみが増えてきて、花火の音が大きくなって、そして会場に到着した。
会場になっている巨大なこの公園には屋台が迷路を作るように乱立していて、向かい合う屋台と屋台の間の通路を人が所狭しと歩き回る。
お互い食事も済ませてきたし、対して資金も持ってきていないため、自転車を置くと付近の出店にて割高なジュースを2本購入して花火の観測に移る。
人が多いからか、喧騒で声がかき消されているからか、お互いに口数は減っていて、無言に近かったんじゃあないかと思える静寂を切り開いたのは佐々木だった。
「キョン、あの場所へ行こう」
わかってるさ。さすがにお前とこの公園に来て他の場所で花火を見るなんて考えられないからな。
去年はハルヒの終わらない夏休みに忘れ去られてしまっていたが、一昨年に来たあの場所へと向かう。
殆どの人が知る由もない、俺たちだけの秘密の場所。
人ごみから外れた場所にある、花火を楽しむには最高の場所。
そして俺たちの思い出の場所。
絶景を求めて口数少なく歩いていると、ふと佐々木の表情が気になった。
なにやら良くない予感をさせる表情だ。
「どうした?気分でも悪いのか?」
佐々木は何も答えない。少しずつ顔を俯けていく。
「大丈夫なのか?」
それでも答えない。そしてさらに顔を俯ける。
「休むか?」
「……」
佐々木は俯き加減からふと俺を見上げ、
「もう着くよ。僕は大丈夫だ」
それだけ言ってまた無言になってしまった。
目的地に到着すると、一昨年とは多少変わって少し汚い感じになっていた。
変わらずに設置されたベンチは多少手入れがしてあるのか、きれいだったのでそこに二人で腰掛けた。
変わってしまった風景を見ながら変わらずに無言を貫く長門のような佐々木の顔を覗き込んでも佐々木は何のアクションを起こさない。
しかたなしに俺は花火を鑑賞しようとした瞬間に、ふと佐々木が口を開いた。
「キョン、キミは去年のこの花火大会に参加したかい?」
脈絡のない質問に戸惑いながらも、
「いや、去年は参加しなかった」
と何とか答えた。
今までにない佐々木に動揺を隠せずにいると、佐々木が悲しいという感情を目一杯表情に込めて俺を見た。
「僕はね、去年一人でここから花火を見ていたよ。もしかしたらキミがここにきてくれるのではと思ってね」
うっすら浮かんだ涙を瞳に潤ませて、しかし俺の目を離さずに続ける。
「でもキョンはこなかった。理由は色々考えられた。忙しかったのかも知れないし、この場所を忘れていたのかも知れない。もしかしたら根本からの拒絶だったのかもしれない」
正直言って俺にはなんのことだかわかってなかった。そして長門と同じことをするやつが他にいるなんてまったくもって思ってなかったんだ。
「でもキミはこの場所を覚えていた。今年は一緒に来てくれた。何故去年、来てくれなかったんだい?」
何故かと問われれば約束はしていなかった気がする。しかしそれは正解ではない気がしたので何も言えずにいると、佐々木は瞳の堤防を決壊させた。
ハンカチを出そうとポケットをまさぐるがみつからない。仕方なくカバンに入っているであろうハンカチを探していると佐々木に返そうと持ってきた本から一切れの紙が姿を現した。嫌な予感がした。
『キョン、今年も一緒に花火をあの場所で見よう。伝えたいことがあるんだ、僕はキミが来るまで待ってるよ』
確かに、そう記入されていた。
佐々木の言動に全てが合致し、自分の不甲斐なさ加減に失望した。
「はい、どうぞ」
朝比奈さん手製のお茶を飲み、しばしばの雑談に花を咲かす。
本日のSOS団文芸部支部には俺と朝比奈さんしかおらず、ハルヒも長門も、ついでに古泉もそろって欠席している。なにやら怪しいモノを買いに行ったハルヒとそれに付き合わされた長門。古泉は機関での会合だそうだ。たまたま保健室にいた朝比奈さんはハルヒによって強制出張に借り出されることを免れたようで、本日のSOS団が休業であることを知ったのは今さっきということになる。
「でも、この部屋に二人きりなんてなんだか変な感じですね」
まったくです。この部屋に二人、というのも珍しいが、その二人が俺と朝比奈さんであるなんて谷口の言葉を借りれば驚天動地そのものではないか。
「では変な感じがするついでに今日は俺が朝比奈さんに代わってお茶をいれましょう」
自分の湯のみを空にしてからやかんに火をいれる。
朝比奈さんのプリティスマイルを独り占めできることに思わず微笑みながらも、こんな幸せがあっていいのかと将来を憂うことも忘れないようにしておこう。良いことがあったら嫌なことがあるのが常識の世界だからな。
今日の朝比奈さんといえば俺以外だれもいないこの団活においてメイド服を着替える意味はないことを力説した結果によるものだが、珍しく制服姿である。
どんな服装をしても似合う朝比奈さんだが、最近はメイド服の朝比奈さんに見慣れているせいか、少しばかり新鮮で思わずドキっとしてしまう。見とれてしまうのは男としては正常な反応だろ。
お湯が沸いたので朝比奈さんの鑑賞は一時ストップして、見よう見まねで茶葉の準備をする。
「だめですよ~お茶はやさしくいれるんです」
と、急に朝比奈さんが茶葉を持った俺の右手に手を添えた。まさしく左手は添えるだけといった感じだ。
至近距離にいる朝比奈さんの吐息が聞こえて朝比奈さんを直視できない。
「葉っぱはこのくらいで…」
なれた手つきで俺の手を動かす。さすがに毎日お茶をいれてくれるだけあってスムーズだ。
ドキドキしながらも、しばらく朝比奈さんの手の柔らかさを堪能させていただくことにしよう。
「ふぇ?」
さっきから黙ったままの俺を不審に思ったのか、朝比奈さんが不意に顔をあげてきた。
朝比奈さんが顔をあげると顔と顔との距離が非常に近くなって、それこそキスしてるんじゃないかってくらいの距離になるわけで…
ガチャ
「みっくるー!今日は活動中止なんだってね!ハルにゃんが言ってた…にょろ?」
鶴屋さんの登場とともに浅い沈黙が室内を駆け巡る。
ふと、鶴屋さんが不気味にニヤリと笑い、八重歯を見せた。
「おやぁ、これはハルにゃん報告だねっ」
脳内がフリーズしている俺にできることと言えば、赤面して口をパクパクさせている朝比奈さんと鶴屋さんを交互に見ることくらいである。
朝比奈さんもフリーズしているようで、何とか俺が弁解しなければと思いながらも言葉はでてこないし体も動かない。
「ごゆっくりーにょろー」
どっかで聞いたようなセリフを吐いて特急鶴屋は行ってしまった。
やれやれ、どうするかな。
ただなんとなく3ヶ月くらいあとに完成する予定の前フリになればと思って創ったSSです。
オチもなんにもないです。
放課後、文芸部室に着いた俺は目を見張った。そして、何か嫌な予感に蝕まれた。
「なぜそんな格好をしている」
バニーガールに扮しているハルヒが耳をピコピコと躍らせながら答える。
「なんとなくよ」
その隣で魔法使いが口元すら動かさずにつぶやいた。
「似合わない?」
長門の声は聞こえなかったことにした。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
いつもはメイド服との見事な融合を見せている朝比奈さんは制服だ。
「今日は何かあるのか?」
もしかしたら俺もコスプレさせられるのだろうか、という多少の不安はあった。拒否する体制を整えてから聞いた。
「何もないわよ」
うさぎさんはあっさりと俺の不安を一掃してくれた。だが、俺の前にいるこのカエルは少しだけ苦しそうだ。
「古泉、苦しいなら脱いで良いぞ。その代わり説明しろ」
「おや、僕であることはバレバレでしたか」
カエルスーツの頭の部分をとり、ニヤケた古泉が姿を現した。
「本日のコスプレには本当に何も意味はありませんよ。強いて言うなら、涼宮さんが文化祭を思い出したからでしょうか」
あの強烈なライブか。そういえばハルヒも長門もあの格好でライブにでてたな。
「よほど楽しいと思えたのでしょう。もしかしたらもう一度、と思っているかも知れませんよ?」
「ライブとか健全なことなら俺は全面的にハルヒの後押しをしてやるさ」
「もちろん僕たちもメンバーにいれて、ですがね」
古泉とのくだらない会話は素通りさせることにした。
だが、確かにあのときのハルヒと長門は格好良かった。何でもできるハルヒと長門に思わず嫉妬してしまいそうなほど。
みんなが帰ったあと、長門の指定席を借りて夕日を見ながら考えた。
常々から俺は、非日常の第一人者ではなく、第三者になりたいと思っていた。
現実離れした出来事に直面しても何もできはしない。だから第三者として超常現象を少し遠くから離れて見ていたいと思っていた。
だがどうだ?長門が暴走して創ったあの世界で俺は何と言った?何を思った?
現実離れしていても、生死をさまよっても、何だかんだと俺はこのポジションが気に入っていたことを気付かされただろう。
気付いてしまった。だから、ハルヒと長門が文化祭でライブをしたときに、何故俺を巻き込まなかったのかと少しだけ思ってしまった。
もちろん、ENOZには足りないメンバーは二人だったし、俺には何の楽器もできない。
何も理不尽な事など無いのだが、何故か憤ってしまう。
そして考えが一周したときに思う。
「やれやれ、大人ぶってても俺はまだまだガキだな」
部室においてあったギターを手に持ち、どこも押さえないで音を出す。みごとな不協和音が部屋に響き渡った。次があったなら俺も参加できるように練習でもするか。
なんとなくスッキリして、さっきまで重かった腰をあげる。さあて、帰るとするか。
SOS団でバンド結成なんてのもいいな、などと思いながら。SOS団の将来を夢見ながら。