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 エピローグ


 その日は一日中検査だった。記憶喪失のときにやった検査をもう一度一通りやると一日の大半が過ぎ去ってしまい、夕方には病院を後にして自宅へと歩を進めることができた。記憶が戻った原因については、朝ベッドから落ちたときに丁度いい具合に頭をぶつけたため、その衝撃で記憶を取り戻せたと言うことに落ち着いた。帰り道はハルヒが家まで着いてきて一泊して帰ったのだが、その話は今度することにしよう。


 退院してから数日が経過していて、今俺は珍しく一人きりの部室でみんなを待っている。
 そういえば前日には長門の家にお邪魔したが、長門は何も言ってくれなかった。どういう意図があったにせよ長門が何も言わないということは平和である証拠だし、何か長門も満足そうだったから良しとしよう。その日の俺は長門製のお茶を数杯飲んで心安らぐ沈黙空間を堪能して帰宅した。っと、噂をすればなんとやら。件の長門が音も無く入場してきた。
「よう、おそかったな」
 無表情であることと無言であることは相変わらずだが、俺の瞳をターゲットにしたその澄んだ瞳には何かを楽しみにしているような感情が見え隠れしている。

 コンコンとノックの音がしてドアが開いた。そんな可愛らしいノックをする人を俺は一人しか知らない。姿を現したのはもちろん、いつ見ても可愛らしい永遠の17歳と名高い朝比奈さんである。
 朝比奈さんは俺と目が合うと照れくさそうに、どこと無く嬉しそうに微笑んでメイド服に手をかけた。俺は自分でもわかる締りの無いニヤケた顔をそのままに、暗黙の了解で部屋をでた。もちろん朝比奈さんが俺にそんな態度を取った原因であろう昨日の夜の電話の内容については内緒だ。
 朝比奈さんの着替えを待ってると古泉が出現した。壁に寄りかかりながら俺は目で朝比奈さんが着替え中であることを古泉に伝えると、古泉は俺の横で同様に壁にもたれた。古泉は何も言わずにニコニコしていた。いつもよりか3割り増しでスマイリーなのはきっとハルヒの精神状態が安定したからなのだろう。きっと閉鎖空間もでていないに違いない。

 俺は古泉を横目でチラリと見やって、柄にもない事を言ってみた。

「この学校に場所を限定して性別を男子に絞ったら、間違いなくお前は俺のベストフレンドだよ」

 古泉は一瞬ニヤケ面に驚きの成分を混ぜたあとですぐに消化して、
「光栄です」
 涼しい顔で返答をよこした。
 きっと俺にとっては場所も性別も関係なく、こいつとは親友と呼べる間柄なんだろうな。

 やけに遅かった朝比奈さんの着替えが終わったことを何故かハルヒの声で告知されて部室に入ってみると、そこにはさっきまでいなかったはずのハルヒに加え名誉会長の鶴屋さんまで発生していた。いったいどういった原理で部室に出没したのだろうか。ハルヒと鶴屋さんのコンビならなんでもできる気はするが。
 部室に入るや、何故かグツグツと音を立てる土鍋を目にしながらハルヒのありがたいお言葉を待った。

「さて、今日はバカキョンの退院を記念して鍋パーティを開催いたします!新郎は一歩前へ」
 新郎とは誰のことだろう。この部屋に男はニヤケ紳士と俺しかいないが。
「あんた記憶と一緒に微かに残っていた知性まで失ったの?」
 どうやら俺のことらしい。では新婦はいったい誰だ?もちろんここにいる女性陣はみんな魅力満載の美人がそろっているから誰が来ても俺は幸せの絶頂を迎えることは間違いないが。
「じゃあ新郎のキョン。汝健やかなる時も独身でいることを誓いますか?」
 はい、お約束。

 はぁ、とため息を一つ吐いてお決まりのセリフを言わせて貰おう。

「やれやれ」

 ハルヒはきっとこうやってバカやってるのが楽しくてしょうがないんだろう。この世界を好きになってくれたなら閉鎖空間はもうでることもあまりなさそうだ。

「おいハルヒ。司会進行やるならついでに新婦も兼任してくれ。生涯独身は悲しすぎる」
「なんであたしがアンタの嫁にならなきゃならないのよっ」
 顔を真っ赤にしてそんなに否定するな。
「なら長門、俺の新婦になってくれ」
「いい」
 どっちの「いい」なんだ。
「キョンくん大胆だねぇ、プロポーズかいっ?」
「あ、あの、わたしが・・・」

 俺もこんなバカやってるのは大好きだけどな。心の中で呟く。
 ありがとよ、ハルヒ。こんなに楽しい部活に引っ張り込んでくれて。
 そして、これからもよろしくな。SOS団。


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 5章 涼宮ハルヒの記憶

 いつの間にか眠りについていた。
 目を覚ますと夜中の1時を少し過ぎたあたりだった。窓が半分開いていて、冷たい風に体は冷え切ってしまった。

「うぅ、さみぃ」

 窓を閉めようとベッドから降りると、窓の外には灰色の空が広がっていた。普段とは違う色の空に不安と、何故か期待が胸に浮かんだ。
 そして足元には寝袋がふくらみを持たせて落ちていた。まさかと思い寝袋の隙間から覗く黒髪をずらすと、そこには涼宮の顔があった。なぜ涼宮がいるんだ。

「起きてるか?」

 まだ目覚ましのなるような時間ではないが。

「んん……」

「起きてくれ」

 夜更かしは美容の敵って言うからな。その端整な顔立ちに毒を塗るような真似をしたいわけではないが記憶喪失の俺にはこの空は非常事態に見える。

「起きるんだ」

 優しく肩を揺すってみると涼宮はゆっくりと目を開いて、そして、固まった。

「やっと起きたか」

 たっぷりとした一秒ほどの時間を置いて涼宮は顔を紅潮させながら硬直を解いた。

「アンタなにやってるのよっ!夜這いなら夜這いらしくロマンティックに乙女心を掴むセリフの一つでも吐きながらやりなさいよ!」

 訳のわからんことを口走ってないで窓を見てみろ。俺の体がこの空は異常だと信号を発信しているが、涼宮にはごく普通の光景なのか。

「窓の外を見てくれ」

 指差しながら言う。涼宮は窓の外に視線をやっているが何も言葉を発しない。寝起きのくせに凛々しい顔立ちで窓の外を眺める涼宮に見入っていると、涼宮の視線がこっちへ向いた。


「私たちのほかには誰もいなかった?」
「誰も見てないが、どうした?」
「なんとなくよ」

 そう言えば物音一つしない上に人どころか生物がいる気配すらしない。

「とりあえず病室を出てみましょう。外にでれば誰かに会うかも知れないわ」
「あんまり驚かないんだな」

 口には出したものの、涼宮の表情からは異常事態であることは読み取れた。異常事態である上で涼宮は驚いていないのだ。

「驚いてるわよ。特にあんたのしゃべるセリフにね」

 俺としてはできるだけ冷静に分析しているつもりだったんだがな。やっぱり戸惑いは隠せないってやつか。なんだか気味の悪いところだしな。

「とにかくここから出るわよ」

 そう言った涼宮の目は俺の目を捉えていたが、次第に横にずれていき、俺の後方へとやった。つられて俺が後ろを振り向く前に

 


 ---ズドンッ

 

 すごい地響きがした。病棟が激しく振動する。体感で震度5以上の揺れを観測して思わず涼宮を庇うように覆いかぶさった。

 首だけ外を向けると、どこかで見たような青い巨人がこっちへ向かってきている。その後ろに浮かぶ灰色の空。それにさえ見覚えがあった。

 青白く光る人型の巨大物質は幼稚な動きで病院の周辺にある建物を次々と破壊していく。この光景、このシチュエーション、俺とハルヒ。何故だか懐かしく心地良かった。

「なあ涼宮、あいつは危険だと思うか?何故だか俺には悪いやつには見えないんだが」

 涼宮は何も言わなかったが目は光り輝いていた。

 ふと、巨人が病室に顔を向けた。
 決して早くはない足取りで、だけど一歩一歩確実に病室へ向かってくる。

 俺はこう思った。
 巨人が町を破壊する世界とはどんなんだろう。――楽しそう、と。


 そのときの俺はどんな顔をしていたんだろうか。きっと初めて遊園地に連れて行ってもらった子供のように、さっきの涼宮のように目を輝かせていたのではないか。ドキドキとワクワクを感じて巨人に見入っていると涼宮が俺の手首を掴んだ。そして、廊下を駆け出す。

「なんだあいつは。俺の知らないところで実は超文明が発達していたのか?宇宙人が襲来してきたのか?それとも古代の超兵器が蘇ったとか?」

 地球防衛軍の出動について問いただそうとしたときに涼宮が俺に飛びついてきた。直後。

 


 ---ズドンッ

 ---ガシャーンッ


 病院の窓ガラスが飛び散った。巨人が廊下に向けて破壊活動を行ったようだ。

「急ぐわよ」

 涼宮が慌てたように言う。廊下に転げまわっていた俺は涼宮に手を握られて起こされ、共に走り出した。汗ばんでいる手は俺のか、ハルヒのか。
 全力疾走を強いるハルヒについて廊下を駆け抜けると病院の前の緑地にたどり着いた。昨日朝比奈さんと良くわからない会話をした場所だ。

「待ってくれ涼宮。あの巨大なのはなんなんだ?あいつは俺たちと遊びたがってるようなはしゃいでいるような、そんな気がするんだが」

 涼宮は徐々に速度を緩め、そして数歩歩いて歩みを止めて俺に向き直った。

「あんた、元の世界に帰りたくない?」

 元の世界と言われても俺にはこの世界が唯一無二の世界なんだ、他に世界は知らない。

「あんな巨人とじゃれあってたら死ぬわよ?」

 なんとかなるような気がする。特にお前とならな。

「またこの場所にきてわかったわ。あたしは帰りたい。あんたとここで暮らすのが嫌なわけじゃあないけど、みくるちゃんや有希や古泉君と、それにあんたを含め
またいっぱい遊びたい。あたしはSOS団のみんながいる中のあんたが好きなんだって」

 意味がよくわからない。

「わかんなくてもいいわよ」

 巨人が病院の破壊活動をやめてこっちに顔を向けた。

「キョン。あたしは記憶をなくしてからのあんたと数日間接してきたけどあんたにとってのあたしは涼宮であってハルヒじゃあないの」

 巨人が一歩づつ近づいてくる音がする。俺は涼宮の瞳に吸い寄せられて離れない。

「でも元の世界に帰れたらあんたはあたしをハルヒって呼んでくれる気がする。確信はないけど自信はあるわ」


 巨人がまた一歩近づいてくる。合わせて涼宮も一歩俺に寄った。


「あたしはこの世界から脱出する方法を一つしか知らない」

 また一歩近づいてきた。もう俺にはどうすることもできない。このまま全てを涼宮に委ねていい気がする。涼宮になら全てを委ねられる。

「キョン。元の世界に帰れたらちゃんとハルヒって呼びなさい」

 何を言ってるんだ、と言おうと声を上げかけた俺の眼前に涼宮の顔が迫ってくる。そして半ば無理やり口を合わせられた。
 こういうときはハルヒの引き締まった体を優しく抱いてやれればいいのだろうが俺にはそんな器量はなかった。だから目を閉じて全てをハルヒに委ねることにしよう。ハルヒがどんな顔をしているのかは目を閉じているから見ることはできない。視覚が絶たれているので唇にかかる柔らかくて心地の良い負荷に、ハルヒの唇の感触に神経を集中させよう。あのときのハルヒはこんな気持ちだったのかは定かではないが、いつのまにか俺は記憶を取り戻していた。

 世界の改変が始まったのだろう。いや、世界が元に戻ろうとしていると言ったほうがいいのか。物理法則が乱れてきて、不意に無重力化に置かれた。名残惜しいハルヒの唇をそっと引き離し、ハルヒの後頭部で一束の髪を掴む。
 音も視界も混沌としているこの世界で俺はハルヒにだけ聞こえるように言った。

「やっぱりハルヒはポニーテールが似合ってるな」

 

 目覚めはいつかのようにベッドから落ちた直後だった。ただし、今回は自室ではなく病室で。

 記憶喪失中の記憶と記憶喪失前の記憶がメディアミックス的コラボレーションを繰り広げて、思考能力が復活するまでに少々の時間を要した。

 思考回路が正常の緑ランプを灯すと、目の前で目をパチクリさせて顔を紅潮させているミノムシと目が合った。


「おはよう、ハルヒ」

 ハルヒが口をパクパクさせながら何か言葉を探している。

「言っとくが、夜這いじゃないぞ。夜這いするならロマンティックな言葉の一つや二つ用意してからするからな」

 

 

 

SS 2007.12.03 21:15




3-1



 いつの間にか目を覚ました当初に感じていた不安や恐怖は完全に取り払われ、記憶を無くしたことを知ったときの体の震えはまるで夢を見ていたかのように姿をくらましていた。

 涼宮は言った。ひっぱたいてでも記憶を取り戻してみせる、と。
 俺はその言葉に多大な安心感を抱いていた。こいつなら本当に何とかしてくれそうだと。その団長の言葉を無条件に信頼している自分に驚く。古泉の平坦としたスマイルにも安心を感じる。

 長門に連れて行かれたのは病院の屋上だった。
 少し肌寒さを感じる夜風が心地いい。真っ暗な空を見渡せる光景も格別だ。

 高めに設置されているフェンスに寄りかかって長門と並ぶ。長門はじっと俺を見て、しかし口は開かなかった。
 聞いていた通り無口なやつだと思った。でも俺には心地の良い静寂に感じる。長門といると、なんでだろう、涼宮たちとは別のベクトルでの安心感が与えられる。無条件で信用してしまうこいつの存在は俺の覚えていない俺が体に染み込ませた何かだろう。

「わたしの責任」

 長門が唐突に言った。

「ごめんなさい」

 そして意表をつかれた。

「なぜ謝る」
「あなたが記憶をなくしたのは、交通事故にあったから。あなたは私が運転する自転車の後部に乗っていて、わたしの運転ミスで車にはねられた」
 驚愕の事実だ。
「外傷はその場で完全に修復した。衝撃で消された記憶を復元しようとしたら涼宮ハルヒが現れた。そのため記憶の復元ができなかった」
 記憶がない中での俺の常識では傷をその場で治したり記憶を復元したりするのは不可能なはずなんだがな。
「過去の記憶を上書きする。許可を」
 真摯な瞳でまっすぐに捕らえられて思わず頷きそうになってしまった。
「上書き?するとどうなるんだ?」
 率直な疑問をぶつけてみる。
「そう。上書きをするとあなたの記憶は事故を起こした当初にまで戻る。今日一日はなかったことにされてしまうが、元通り」
 インチキくさいな。と思ってしまった。記憶はもちろん取り戻したい。けれど何故かそれをしてはいけない気がする。というよりこいつにそれをさせてはいけない気がする。長門を信頼して、直感を信じて、さらに過去の俺を信用してみよう。
「過去の俺だったら許可していると思うか?」
 長門は驚いたように目をミクロン単位で見開き、そのあと少し考えて言った。
「わからない。けど、許可しない確立のほうが高いと思われる」
 なら許可は出せないな。どうしようもなくなったら頼もう。そのときはよろしく頼む。今は涼宮が何とかしてくれるだろうよ。あいつの言葉には何故か信頼できる気がするんだ。

 

 少し肌寒くなってきた。精神的には今日始めて会った長門の頭をクシャクシャっと乱雑に撫で回し、
「気にするな。お前を含めてSOS団の全員と会ったが何とかしてくれそうな気がしたし、何とかなりそうな気がするんだ」
 子供をあやすように言ってやった。
「それに、みんなが俺のためにしてくれたことは忘れたくない。この記憶はできるなら過去の俺にプレゼントしてやりたい」
 柄にもないようなことを言ってみた。きっと過去の俺なら決して言わないセリフだろう。
 長門は少しだけ顔を俯けた。
「ごめんなさい」
 謝られるようなことはされていないさ。事故はしょうがないから事故なんだ。誰が悪いって訳じゃあない。それよりも少し寒くなってきたな。
 俺は長門の肩に手をかけ、病棟へと歩を進めた。

「ありがとう」

 そうだな。謝られるよりは感謝されたほうが気持ちいい。



SSの続き 2007.11.21 17:06

 


 2章が一番長いつくりになっています。
 で、3章からは再びホームページのほうに載せます。


 ……もう少ししたら。


 現地(西宮市)に行った時に思いついたネタで、あまりにもありきたりなストーリーです。
 オチとか見えても気にしないでください。












 2章


 その後、古泉が押したボタンの効果が発揮されて医者が数人のナースを引き連れてやってきた。
 俺は色々な検査を受けたあとで医者とおふくろらしき人物との三社面談を果たし、結果は完全に記憶喪失であると断定された。
 記憶は明日戻るかも知れないし一生戻らないかもしれないだなんてどこかで聞いたような説明を聞き流し、隣で絶望に似た表情の、おふくろと呼ぶには抵抗の残る中年のおばさんを見て、なぜかすごく申し訳のない気分になった。
 おふくろは妹を家においてきたから一旦帰ると言ったが、正直俺には考える時間がほしかったのでまた明日来て欲しいと言った。
 ごめん。そう口には出さずに呟いた。

 病室に戻ると古泉と朝比奈さんを後ろに控えさせた涼宮さんと思しき人物が仁王立ちで俺と対峙する格好で待ち受けていた。
「アンタ、記憶喪失なんだって?」
 不機嫌そうな表情で、しかも偉そうに言い放った。威圧するような態度だが偉く美人だ。艶のある黒髪に整った顔立ち。気の強そうな瞳を僅かに動かし、薄桃色の唇を開いて。
「アタシのことも覚えないの?」
 何も言えずにいると涼宮は唇をかみ締め、眉間に力を込めて黙り込んだ。何を言ったらいいのかわからないといった表情だ。
 もちろん、何を言ったらいいのかわからないのは俺もだ。情報が足りないどころかまったくないわけだし。


「さて、涼宮さん。彼もお疲れでしょうから日を改めて…」
「わたしはここに泊まるわ」

 涼宮はきっぱりと言い放った。

「一晩中SOS団の活動を聞かせてやるわ。そしたら記憶が戻るかもしれない。それでも記憶が戻らなかったらSOS団でやってきたことを繰り返してやる。それでもムリなら引っ叩いてでも取り戻してみせる」

 最初に思ったのは、強引な女だなってことだった。そのあとで『SOS団』というものに疑問を持った。そして、泊まると言い放った涼宮と俺の関係にも。

「俺はそのSOS団ってやつに所属してるのか?」
「当たり前じゃない」
 涼宮は怒気を含んだ口調で言った。あたしが団長で、アンタは団員一号。二号はここにはいないけど有希って言う文学少女がいるの。みくるちゃんが団員三号兼メイド長兼マスコットよ、と朝比奈さんを指差しながら言う。最後に、と古泉を指差して謎の転校生で副団長の古泉くんよ、と。まるで我が事のように誇らしく団員を紹介する。なるほど、泊まるとまで言ったのはこいつの仲間意識の強さゆえか。

 涼宮が言うにはどうやらこの病院を手配したのは古泉らしい。こんな高級な病室を手配できるなんてさすがは副団長とか言ってたっけ。知り合いの病院だから特別の待遇を受けられるらしいが、古泉ってどっかの御曹司なのか?
 この病院に入院できるのが古泉のおかげだとはわかったが、なぜ俺が入院することになったのかは教えてくれなかった。

「古泉、俺とは仲が良かったのか?」
 古泉はスマイルを崩すことなく言った。
「いずれ親友の肩書きを得る予定です。今はただのグッドフレンドですけどね」

 程よい寒気を感じた。


 それでは、また明日来ますと言って古泉と朝比奈さんは帰っていった。
 残された俺と涼宮は、しかし何を話すでもなく定位置についた。俺はベッドに、涼宮は来客用に設置されたであろうパイプ椅子に腰掛けた。
 説明が好きそうな古泉と違い黙った涼宮といると多少居心地の悪さを感じる。パイプ椅子に腰掛けた涼宮は無言で何かを疑うように俺の顔を見てくるし、何と言っても美人であるから緊張してしまうというのが3分の1の本音だ。
 俺はベッドに寝転がって沈黙を打破できればという願いを込めて口を開いた。

「なぜ古泉も、その、涼宮もここまでしてくれる」
 涼宮は一瞬悲しそうな顔を見せたかと思うと怒った顔になり、顔を赤くしながら
「SOS団の大切な団員だからよっ」
 と言ってそっぽを向いてしまった。しまった、と思った頃には涼宮の機嫌はかなり損ねていたと思う。

 額に手をやり、どうしたもんかと思案していると、涼宮が真面目な顔つきになった。
「あんた本当に覚えてないの?」
 最終確認のように言われる。
「ああ」
 何か、涼宮に対してひどいことを言ってしまった気がした。涼宮と俺がどんな関係なのかは知らないが、ここにいる俺は姿形に言動までソックリかも知れないが、思えの知っているキョンではない、と。SOS団で活動してきたキョンではなく、生後数時間のキョンもどきみたいなものだ。事実とはいえ、そんな『今日からこの人がお前のお母さんだ』みたいな現実を突き詰めてしまった。
 涼宮は俯いてしまった。罪悪感がこみ上げる。胸が締め付けられる。鼓動が早まる。胃がきしむ。空気が重い。間が持たない。

「なあ、俺はどんなやつだった?お前とはどんな関係だったんだ」
 涼宮がピクリと動く。
「さっき言ってたよな。SOS団の活動を聞かせてやるって。聞かせてくれよ」
「あんたはSOS団の雑用で、あたしのいわば部下よ。上司にモノを頼むときっていうのはそれなりの口の利き方があるんじゃない?」
 ニヤリと笑った涼宮は上から目線で言ってきた。なるほど、こいつはこういうやつか。

「やれやれ」


 そして俺は、涼宮から俺の学生生活を聞いた。
 SOS団の活動内容、SOS団設立の経緯。部室の確保とおまけでついてきた部員。朝比奈さんの捕獲と朝比奈さんを使ったパソコン強奪事件。転校生古泉がSOS団にはいったのはこのころらしい。
 それから不思議探索へ行き、野球大会に出場して、映画撮って、夏休みには孤島へ冬休みには雪山へ行ったとか。団員は俺を含めて5人だけど、準構成員として俺の妹がいることや鶴屋さんという人もいるらしい。そういえば目を覚ましたときに見た山は鶴屋さんの家が所有しているらしい。
 他にも語りきれないほどの思い出があるようで、次々と細かい話を移り去って行く。

 話をしている涼宮はとても楽しそうで、話の内容も実話ながらバカみたいで面白く、俺はずっと涼宮の話に聞き入っていた。
 なんだずいぶんと楽しそうな高校生活を送っているじゃないか。SOS団の、とりわけ俺の失敗談を話している涼宮は生き生きとしていた。
 何時間話したのか、涼宮が話しに一区切りをつけたころには辺りは真っ暗だった。古泉や朝比奈さんが帰ったときにはオレンジ色の夕日が空を漂っていたから相当な時間が経過しているはずだ。よくぞ飽きずにここまで話せるものだ。聞くほうとしては面白い話ばかりだったから飽きるなんてことは考えられんが。

「なあ、涼宮」
 なによ、とこっちを見る。
「その、ありがとう」
 涼宮は驚愕に満ちた表情を浮かべた。……どうやらキャラを間違えたらしい。想像はできたことだが涼宮の知っている俺と今の俺は完全に別人のようだ。
「団員の心配をするのも団長の役目よ」
 そっぽ向いてしまった。


 少しして、弱々しいノックの音が聞こえた。
 俺よりも先に涼宮が返事をし、開かれた扉からはセーラー服の少女が姿を現した。
 直感的にわかった。こいつが長門有希だ、と。

 短めの髪の下に人形のように綺麗な顔がのぞく。キラキラと輝く星を持つ涼宮の瞳とは違って漆黒の輝きを持つそれは無表情ながらも「放課後職員室に来なさい」と言われた子供のようなオーラをかもしている。
「あなたと二人で話をしたい」
 長門とやらの言う通りにしたほうがいい、と頭よりも先に体が長門に対してのセーフティ信号を出した。
 俺は涼宮を見た。涼宮はなんとも形容しがたい表情を浮かべている。
「ちょっと、出てくる。待っててくれ」
 涼宮が何を考えているのか、長門に連れて行かれる俺をどう思ったかはわからなかった。


 


 1章

 


 冷たい風が吹き抜ける。
 部屋にある全ての布製製品が風になびく優しい音が聞こえる。

 

 ここはどこなんだ。目を開くと真っ白な天井が見えた。シミ一つない天井が。

 体を起き上がらせて周囲を見渡す。風の吹いてくる方へ首を曲げると、揺れる白のカーテンの隙間から覗く開いた窓からは緑色の山が見える。そう大きな山には見えない。反対側へ目をやると白いドアには曇り硝子が添付していて、この室内は白いモノで覆いつくされている。手元に目を落としてみても見える色はやはり白。眩いばかりの白さを誇る布団の上に俺はいた。心なしか俺の手のひらでさえも白く見えてしまう。

 

 ------、ズキッ


 鈍い痛みが頭に響く。そういえばここはどこなんだろう。自宅でないことは明白だし知人の家にも心当たりがない。そもそも人が『住んでいる』ような雰囲気ではない。そう、ホテルとか病院のような------

 頭痛を堪えて考えを巡らせていると、ふと目に入ったモノがある。ボタン一つでまるで使用人のように世話係が飛んでくるモノ、それはおそらくナースコール。
 一瞬ナース姿の女性を妄想したりもするが、その女性が嫌に見覚えがあったりしないし、なぜ俺が病院にお世話になっているのかわからない。


 ------、ズキッ

 そもそも俺が誰なのかさえ認識できていないことに気付いてしまった。

 


 気付いた刹那に俺にはコトの重大さは認識できなかった。指先が震え、腕を経由して全身にまで寒気を伴ってまるで痙攣のように震えて初めて自分が恐怖していることに気がついた。値の張りそうなこの個室の病室さえも俺をあざ笑っているかのように感じる。いつの間にか止んでしまった優しい音のそよ風は静寂に変わって耳鳴りを覚えた。真っ白なこの部屋に無音で俺一人。

 ---俺はいったい誰なんだ。

 ガクガクと震える体を押さえつけるように自らを抱きしめた。ちっとも安らぎなんかしない。何にも思い出せない。得体の知れない恐怖が全身を襲って呼吸をするのも苦しくなる。何故俺はこんなところにいるのだろう。俺は何をしているのだろう。俺は、何をしたのだろう、……過去の俺は。

 

 ------コン、コン

 軽いノックの音が静寂を破った。苦しいほどに自分一人しかいない現実を体感していたため、自然と返事をしてしまう。

「どうぞ」

 震える声で精一杯の返事をする。と、ドアの向こうからは慌てたような驚いたような可愛らしい声聞こえ、ガチャガチャと乱雑にドアが開かれた。
 開いたドアから姿を現したのはさっきナース姿を思い浮かべたときのモデルになった人にソックリな可愛らしい女性と、その数歩後ろに立った背の高いスマイルが特徴的な、ハンサムに属されるような男性だった。
 偉く幼く見える女性は驚きの表情をしていて、軽めのウェーブのかかった前髪の下、両手をかざした口元との間から子犬のような瞳を覗かせ、その瞳には溢れんばかりの涙を浮かべていた。
 爽やかなスポーツマンのような男性も同様に驚いたような表情をしていたが、こちらはスマイルを崩さない。もしかしたらスマイル自体張り付いてしまっているのかも知れない。お似合いのカップルに見える二人ともが見覚えのある制服を着ていたが、どこの制服だかはわからなかった。

「キョンくん。よかった、目を覚ましたんだ」
 入り口付近で飼い主を待ち続けた忠犬チワワのごとき瞳に安堵の表情を織り交ぜて可愛らしい女性はその場にへたり込んでしまった。

 ……キョン、それは俺のことか?

 俺の状態を察したのかニヤけた表情の男が少し渋い顔にフェイスチェンジして手を顎に添えて、やがて思案顔に変化した。
 この男に問いてみる。

「キョンとは、もしかして俺のことか?」
 男はやっぱり、といった表情になった。少し考えてから男が答えをくれる。
「ええ。あなたは紛れもなくキョンと呼ばれる男性です。僕は古泉一樹。彼女は---」
 へたり込んで、会話に違和感を覚えたのか恐怖に満ちた怯え顔の女性を指差し、
「朝比奈みくるさんです」
 名乗った。

 聞き覚えはないとは言えない。だが俺の記憶のどの部分ともリンクしない。
 と、古泉と名乗る男が近づいてきて、枕元にあるナースボタンを押してから付け加えた。
「あなたのベッドの向こう側で寝袋に包まれているのが涼宮さん、涼宮ハルヒさんです」

 ベッドの下に目をやると確かにそこには寝袋があった。涼宮と呼ばれる女性は俺とは反対側を向いて寝ていて、綺麗な黒髪だけが俺を見ていた。
 俺は男のほうへ向き、とりあえず聞いておきたいことを聞くことにした。
「それで、ええと…」
 俺が何と呼んだらいいのか思案していると、
「古泉で結構ですよ」
 とのことだ。
「そうか。それで俺と古泉、キミや朝比奈さん、涼宮さんとはどんな関係なんだ?」
「同じ部活の仲間ですよ」
 自分の事をもっと聞きたいが聞けない。記憶がないから。
 聞きたいことはたくさんあるのに聞けない。記憶がないから。
 聞きたいことがなんなのかわからない。記憶がないから。

 何もないところには疑問はそう多くは生まれない。それに、真っ青な顔をした朝比奈さんを見ているとこれ以上質問するのも憚れた。


 いつの間にか止まっていた体が、また、震えだした。

 

 


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